2003年12月22日

 世間ではとても評価されている大物写真家の写真を見ても、全然感銘を受けない事がとても多いです。ここで、その写真家の名前は挙げませんが、どうして彼らの写真がそんなに評価されるのか、分かりません。それは、ただ単に僕に見る目がないのか、好みでないのかのどちらかだとは思いますけど。
 世間で、とても評価されている写真を、「私はいいとは思わない。」と言うのは、ちょっとだけ勇気が必要です。中には、「裸の王様」みたいに、世間で高く評価されているからきっと良い写真なのだと思い込んで、いや思い込もうとしている人もいるんじゃないかなあなんて思う事もあります。
 それは、写真に限らず、レンズを代表とする機材にも当てはまると思います。世間でいくら評価か高く、市場で高値を付けていても、それが本当に自分に合うかどうかとなると別の次元になってくると思います。
 しかし、この「自分の評価」っていうやつは、流動的なもので、時間が経てば、以前はつまらないと思っていた著名な写真家の作品もよく思えてくる事があるかもしれません。
 以前、原田宗典という作家の「黄色いドゥカと彼女の手」というタイトルの小説を読んだ事があります。その中で、プロカメラマンのアシスタントをしている主人公の青年が、そのプロカメラマンに、

「小僧、子供と大人の違いを知っているか?例えば、絵を見るとするだろ?子供は、絵そのものを見て、何が描いてあるかを一生懸命見るんだ。でも、大人は、絵の下に貼ってある作家の名前や値段を見てその絵を評価する・・・・・・・・・・・」

等と言われているシーンがありました。(大意はそうだったと思います。)

僕は、そんなふうにはなりたくないと思いつつも、やはりこの年齢になってくると、作家や値段というフィルターを通して絵の価値を判断してしまっている部分があります。でも、出来るだけそうならないようにしていきたいとは、思っています。

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