2005年06月26日
先日、僕が購読しているメーリングリストで、銀塩VSデジタル論争が展開されていた。それに関して食傷気味の僕は、内心、またかよと思いながら、それには参加せずに静観していた。
それぞれのユーザーがそれぞれのメリットを持ち出して、デジタルが良いとか銀塩が良いとか主張しているのであるが、結局のところ、それらは単なるこじつけの理由に過ぎず、究極的な選択の理由は、「好み」ではないかと思うのだ。
図書館で借りてきた日本カメラのバックナンバーを読んでいると、「銀塩は終わった技術」「将来性がない。」「フィルム台がかかるので、財力的な体力が必要。」等と書いてあった。確かに、銀塩カメラを取り巻く環境は、将来的には明るくはないであろう。倒産している会社も、あるくらいだし、これからも消えていくフィルムメーカーがそれらに続くと予想される。
でも、僕は、実のところそれほど悲観してはいない。フィルムメーカーや印画紙メーカーが消えてなくなるということは、少なくとも僕が生きている間はないように思われる。なぜなら、需要がなくなる事は、当分の間はあり得ないからだ。大量生産を得意とする大手メーカーが手を引いても、ビジネスチャンスがある以上、かならなずその分野の製造を担う企業は存在するはずである。
「需要がなくなることはあり得ない」というのは、銀塩カメラが、この世界に大量に存在しているというのがその理由である。もし、フィルムが入手困難になったら、中古カメラ屋なんて存在しなくなるに違いない。
カメラ雑誌に書いてある事は、必ずしも正しくはないなあ。と僕は勝手に推察したりしている。
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