2006年08月14日

ある写真サイトを閲覧した。掲載写真の全てが、技術的には、何の問題もない(全て合格点)ものであった。「技術的には」というのは、いわゆる学習で得られるものを指している。露出・ピント・構図等である。

 しかし、それらの写真を見ていて、作品を見ている気分ではなく、教科書を見ている気分になってしまったのだ。そつなく撮れれば、それでいいってもんじゃないでしょうという気がした。

 技術的に確かな写真を撮ることは、それだけでも大変なことであることは承知している。あまたの写真サイトの中でも、それが出来ているのは決して多くはない。

 昨日、図書館でアラーキーの本を借りたが、その中に、「完璧であってはいけない。どこか抜けてないとだめだ。」といった事が書いてあった。しかし、それは、あくまでも完璧な事が出来る人が言うセリフなんだろうなあって思う。抜けた部分というのは、結果的に抜けてしまったのではなく、そのことを確信の上で抜けていなければならないと僕は思っている。

 これは、人格にも通じるところがあると思う。ただ単に抜けているのは、どうしようもない人だが、付け入る隙がない人っていうのも、お近づきになりたくはない。

 じゃあ、僕の写真はどうかっていうと、技術的に可能な箇所については完璧であろうと努力はしている。いつか、どこかで抜けた部分を作らなきゃならなくなった時、いったいどのようにすればいいのだろうと思う。それ以前に、そんな境地に立つ事が出来るかどうかは怪しいものだけど。

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