2007年07月31日

  ネットサーフィンしていると、タイトルに書かれていることがまったく表現できていない写真に、出くわすことが頻繁にある。これって、見ていてとても気持ちが悪いのだ。本人は、そう思い込んで写真を撮っているんだから、そういう気持ちでその光景を見ているのだろうけど、その光景に何の思い入れもない人が見たら、「?」ってなことになる。

 例を挙げてみよう。どこかで人や建物が写っていないただの浜辺を撮ったとする。そして、「懐かしの海辺」っていうタイトルをつけたとしよう。おそらく、作者にとってみれば、過去に何度も訪れたことがあると想像されるが、その写真を見た第三者には、何が懐かしいのか全然分からないのだ。

 そういった写真は、とても気持ちが悪い。単なるマスターベーションである。

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comments

他人のマスターベーションを見学するのは気分が悪いが、ここ数年ずいぶん流行ってるところを見ると価値観も変わりつつあるらしい。

  • karipee
  • 2007年08月01日

そうかあ。あれは流行なのかなあ。しかし、そういった写真って、年月を経てから見ると、撮ってタイトルを付けた本人でさえ、恥ずかしいと思うようになるんじゃないのかな。
AAみたいに、「ヨセミテドーム冬」みたいなタイトイルは、その点いいよねえ。

  • Oe
  • 2007年08月01日

流行りっていうのは、それこそ有象無象のフォトブログの類、あるいはブログっていう文化そのものが集団マスターベーション共有みたいなモンだって意味です。
ネットがなかった頃は、同人誌をつくったり自費出版をしたり、敷居は結構高かったから、それなりのクオリティもあったと思うけれど、まぁ、拡散と浸透は常に質の低下を伴うわけさ。自己表現の質が急激に低下したのだけれど、その低質を寛容する低質社会に慣れて来ちゃったんだよ。

  • karipee
  • 2007年08月01日

デジカメ(携帯)が一台あれば、写真ブログなんか出来ちゃいますからねえ。ブログがなかった時代は、せっせと自分でリンクを貼って、WEBページを整理してサイトを作成しなきゃならなかったけど、今はテンプレートも用意されていて、適当な写真と文章を放り込んでやれば、はい、いっちょ出来上がりってな感じで、いくらでも量産可能ですけらね。そして、「何じゃこりゃ」っていう写真を、内輪で褒め合ってたりしてね(笑)
もしかして、写真は単なるネタで井戸端会議が目的なのか。。

  • Oe
  • 2007年08月01日
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