2007年09月30日

カメラバッグ

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 大判カメラをどうやって運搬するのがいいか、今まで、いろいろ試したみたけど、やっぱりリュックで運ぶのが、僕の撮影スタイルには向いていそうだ。

 ショルダーバッグは、小型カメラや、中判RFなんかだといいけど、とても大判カメラには使えない。アルミバッグは、車の周辺に限定するならいいけど、これを担いで、何キロも歩くのは無理がある。カートで運ぶにも、砂浜や石ころの多いところだと、事実上無理。そんなわけで、リュックという選択肢が唯一無二の選択肢となる。僕はカメラ用のリュックは持っていなかったので、モンベルのハイキング用リュックにインナーケースを入れて、何度か使ってみた。琵琶湖岸を10キロくらい歩いてみたけど、問題なさそうだ。しかし、やはりカメラ用でないため、かなり使い勝手が悪い。

 そんなわけで、各社のカタログを、にらめっこして、ハクバのフォトリュックMを買う事にした。ブランドイメージ的には、ロープロが、格好いいなあって思ったけど、いかんせん高すぎる。

 どこの店で買うのが安いのかなあと思って、いろいろ調べていたら、らっこ堂が、だんとつに安かった。土曜日の昼くらいにネット注文したら、日曜日の朝には商品が到着した。すごい早さだ。

 このフォトリュックMは、量販店で何度もさわった事がある。しかし、実際にカメラやレンズを収納して、背負ってみないと、最終的には、どうなのか分からない。しかし、店に、大判カメラ一式を持ち込んで、あれこれいじるわけにも、いかない。カメラバッグは、使ってみるまで、それがどうなのかは分からないので、賭けの部分はある。

 カメラ、レンズを収納してみると、なんと、タチハラにぴったりのサイズであった。これには、さすがに驚いた。しかし、三脚をリュックにくっつけて歩くのは無理そうだ。重量があるので、肩にかなり負担がかかってしまう。三脚は、手に持って歩くしかないだろうなあって思っている。カーボン三脚なら、いいかもしれないけど、大判カメラでカーボン三脚っていうのも、どうかと思うしなあ。父親がカーボン三脚を持っているので、試してみようかとは思うけど。

2007年09月29日

水彩画展

 午後から図書館へ行くのに、自転車で行こうか車で行こうかと迷っているうちに1時間くらい経過してしまった。結局、自転車で行く事にした頃には、かなり雲行きが怪しかったけど、それでも敢えて自転車で出かけた。

 図書館の隣に、美術館があるので、入ってみたら水彩画展をやっていた。ジャンルは、写真と同じく、静物、自然風景、街角風景、スナップ(みたいな絵)等である。静物では、人物の彫像の周囲に果物が置いてある絵や同じくピカソの絵が掛かっている部屋の風景があった。絵画の場合は、絵の中に他の芸術作品が存在しているのっていうのは、どうなんだろうか?

 あと、それから見ていて感じたのは、どうやら僕は谷川の自然風景は、どうも好きではないということだ。そんなわけで、滝や渓流の流れる森なんかも、撮りたいとは思わない。(たまには思うかもしれんが。。)

 おもしろいことに、写真技法での、「アオリ」を使った絵が多くあった。しかし、「アオリ」使わず、写真で撮ったみたいに、歪んでいる絵もあった。もしかして、それは写真を見てから描いたのだろうか。

 それから、古民家を描いた絵があって、僕ならどう考えても邪魔だろうと思うガスメーターがわざわざ描いてあったりもした。絵なんだから、こんなのわざわざ描かなくってもいいのになあ。

 構図やモチーフというのは、ある意味写真展を見ているよりも参考になった。

2007年09月28日

またしても週末はだめそう。

 晴れていて、雲の状態が良ければ、撮影に行こうと思っていたのに、また今週末も天気予想によると曇りっぽいので、だめみたいだ。

 市の美術展に出す写真を点検したいたら、直系1ミリくらいの白いスポットを発見した。指の腹で触ってみたら、えぐれているような感触がある。これは、ホコリ等が原因というわけではなく、物理的に何かに接触して、傷が付いたものと思われる。

 仕方がないので、スポッティングをしてみることにした。僕は、この作業がかなり苦手なので、嫌だなあと重いながら、硯の上で、習字用の墨を摩った。何度かやり直したけど、どこをスポッティングしたのか、自分でも判別が付かないほどに修正が出来た。

 究極の自己満足を得るためには、仕上がったと思うプリントでも、時間をかけて何回も見直した方がいい。提出日は10月9日なので、まだ日数はあるけど、いくら何でももうこれで完成だと思う。

2007年09月25日

長良川の酔っ払い

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 琵琶湖へ撮影に行こうと思ったけど、あいにく曇り気味で、空の状態が写真向きではなかったので、琵琶湖は断念した。以前から狙っているシーンがあるんだけど、雲がとても大切なので、条件が悪い時は諦めた方が良い。

 琵琶湖は、諦めたけど、どこかへ写真を撮りに行きたいという思いがあったので、岐阜市の長良川温泉へ向かった。車に折りたたみ自転車を積んで、バックパックにマミヤC330fの撮影セットを入れた。到着後、最初に向かったのは、鵜飼観覧船の乗船所であった。時刻は3時頃だったので、鵜飼の観光客はいなかったけど、船頭さんらしき人達は、船の周囲でちらほらと働いておられるようだ。

 あまり撮りたいと思うようなシーンではなかったけど、取りあえずカメラを三脚にセットしてあっちこっちをファインダー越しに眺めていたところ、一人の船頭さんらしき人に、声をかけられた。

「それ、古いカメラ使ってるねえ。僕も、昔、マミヤのC33を使っていたんだよ。今は、RZで風景撮っているんだけどね。三脚はハスキーの3段使っているよ。」

どうやら、写真趣味の船頭さんらしい。しかし、風景写真でRZって、もしかして、ほとんど歩かずに撮るってことじゃないの。どうせなら、木製暗箱の6×9の方が軽いだろうに。って思ったけど、余計なことは言わずに、適当に聞き流した。もちろん、僕が大判使っていることとなんかは言わない。

しばらくすると、長良川温泉の宿泊客(自分でそうやって言っていた。)の酔っ払いのおじさんが、僕たちに近づいてきた。この酔っ払いおじさんは、写真趣味家ではないと思うが、いろいろ話かけてくる。

「何のシャッターチャンス待ってるの?」
「何かいいもん見える?」

とか、かなり鬱陶しいのだ。そもそも、僕は酔っ払いが大嫌いだ。
僕が、「あんたはもう、迷惑なんだよ。」っていうのがそれと分かるような感じで、適当に相槌をうっていたけど、退散する様子もなく、僕の反応が悪いので、おもしろくないせいか、その酔っ払いおじさんは、先ほどからいる船頭さんと話をし始めた。

酔っ払いおじさん「ここって、写真になるような、良いアングルあるの?」

船頭さん「そうだねえ。橋の上から川に向かって撮ると、鵜飼観覧船が真上から撮れるからおもしろいよ。」

僕(そんなもん、撮りたくないって。)

酔っ払いおじさん「でも、今は船の往来がないね。」

船頭さん「そりゃあ、鵜飼は夜のものだから、6時くらいにならないとだめだよ。」

僕(鵜飼なんだから、当たり前だろ。)

酔っ払いおじさん「へー。そりゃいいこと聞いたね。これで、今日の撮影はばっちりだね。いいかい?6時だってさ。橋の上から撮るんだよ。」

酔っ払いおじさん <バンバンって僕の背中をたたく。>

僕(何で、そんな事言われなくっちゃならないんだよっ。人の背中、たたくなよっ。ムキっ。)

僕「いや。でも、今日はこれから雨が降る予定だから、その時間はだめですよ。」
  (ふん。天気がどうであろうとそういうのは、撮らないけどね。)

酔っ払いおじさん「えー。この空模様で、雨なんて降らないよ。」

僕(西の空、真っ暗じゃないか、降るんだよっ)


そんな出来事があったため、すっかり心が乱れてしまい、鵜飼船発着所では、一枚も撮らずに退散した。その後、橋を渡り、対岸の長良川温泉の川沿いを散策する。こちら側には、鵜匠さんの家もあったりして、その日の夜の鵜飼の準備をしていた。

結局、僕は、船を係留させるためのロープを、金属製の朽ちたハシゴと絡めて撮影した。その一枚を撮り終わった頃に、雷鳴が轟いた。急いで、カメラをしまいこみ、自転車に乗って一目散に車に向かった。
自転車を、折りたたみ、車に乗り込んだら雨が降ってきた。それは、5時頃だった。

2007年09月22日

藍の花

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 今日は山へバーべキューをやりに行った。今日行ったキャンプ場は、デイキャンプなら、大人一人100円で利用できる。炭が思うように着火出来なかったで焦ったけど、何とか焼肉後にヤキソバまで、燃やし続ける事が出来た。

 すぐ近くに染物体験工房があったので、見学してきた。藍染の原料となる植物が、花を咲かせていた。藍染は、かなりキレイな水色で布地が染まる。浴衣やジーンスの濃いブルーは、藍を醗酵させたものを染料に用いるのだそうだ。

2007年09月19日

雑木林のこと

 僕が生まれ育った墨俣町(今は大垣市になってしまったけど)と、僕が現在住んでいる瑞穂市の間には、広大な遊水地を兼ねた雑木林がある。その東端には、木下藤吉郎の墨俣城(一夜城)址があったり、池、桑畑、畑、町のゴミ焼却場と、様々なものがあった。小学生の頃は、クワガタを採りに行ったり、魚釣りに行ったり、爆竹をやったり、秘密基地を作りに行ったりしたものだ。養蚕農家がなくなったせいか桑の木は伸び放題となり、夏の初めになると、桑の実が鈴なりになっていた。あの頃は、それをたまに採って食べたりしていたのだが、どんな味だったのか、もう忘れてしまった。ただ、色素が強くって食後は、唇が紫になっていたような記憶がある。でも、学校では、この雑木林へ行くことは禁じられていた。ここでは、猟をしている人がいるからだ。猟犬を連れて、散弾銃を持った猟師さんと、たまにすれ違うこともあったし、撃たれた鳥が落下してくるのを見たこともある。

 この地域は、輪中地帯で、河川がとても氾濫しやすく何度も洪水の被害に遭ってきた地域でもある。墨俣町と瑞穂市は、近接しているにも関らず、つい最近まで、まともな道路も整備されていなかった。墨俣町には鉄道がないが、瑞穂市には、東海道線の駅がある。墨俣町の住民にとって、最寄の駅は瑞穂市にある穂積駅なのだが、そこへ行くための路線バスさえない。自家用車で行けば、墨俣町から穂積駅までは、10分くらいの距離なのに。

 何で隣同士の町なのに、ここまで交流がないのかと思っていたら、その答えは歴史の中にあった。犀川事件というのが、どうもあったらしい。堤防を巡って、その両側の住民が対立したという事件だ。こういう堤防を境にした、住民同士の揉め事っていうのは、さすがに治水環境が改善されてきた現代では、あまり耳にしないが、過去にはよくあったらしい。場所によっては、川の堤防の右岸と左岸の高さを意図的に変えて、片方の集落を洪水から守るために、片方の集落側へ水を誘導するような形になっているところもある。つまり、一方の集落を守るために、片方の集落は犠牲になるのだ。犠牲になった方の集落は、たまったものではない。刃傷沙汰の騒動になるのも、うなずけるわけだ。木下藤吉郎の一夜城址も、度重なる河川の氾濫により、実際の城址はどうも現在の場所とは違うらしく、今の長良川の河川敷くらいの位置になるらしい。現在の城址には史実には全く基づかない、観光用の天守閣が建っている。

 冒頭にも書いたけど、この雑木林の中には、町の墓地がある。数年前に、墨俣町と瑞穂市を結ぶ橋の建造にともない、墓地の移転があった。引越し後の墓地は、区画整理されたいかにも現代の墓地という感じがする。隣にちょっとした公園なんかも整備されて、これなら夜に墓参りしても、あまり怖くなさそうである。移転前の墓地は、それとは対照的に、恐怖感満点の墓地であった。いつの時代か分からないような墓石がゴロゴロしていたり、大きな石が置いてあるだけの墓らしきものもあったし、お地蔵さんの小屋は古ぼけていて、いつ倒壊しても不思議ではないような感じであった。おまけに、周囲は雑木林なので、歴史の移り変わりを示すものは何もなく、この墓地だけ、何百年も時間が留っているのではないかと思うほどであった。子供心に、この墓場では絶対に写真なんか撮りたくはなかった。写真でも撮ろうものなら、かなり高い確率で心霊写真になりそうな気がしたからだ。その頃は、心霊写真が流行っていた時代だったし。僕が子供の頃は、墓地内にある焼却炉で火葬にしていた。親類の葬式の時に、その光景を見たことがあるような気がする。煉瓦造りの煙突がある炉だった。この頃は、葬儀屋の世話になることはなく、親族や近所で葬式の全てを行っていた。

 最近になって、祖母に聞いた話だけど、僕には二人の叔母がいたらしい。一人は生まれてすぐに、もう一人は二歳の時に亡くなったらしい。現代とは違って、幼い頃に亡くなるケースがとても多かったそうだ。その頃、子供は火葬にせずに、棺を直接土葬にしたらしい。祖母は、墓地を移転する時に、掘り起こして骨を拾っておけば良かったと言っていた。70年も前の事なのに、やはり我が子の事は、気がかりなのだろう。なぜ、掘り起こさなかったのかと尋ねたが、そういう子供がたくさん眠っているんだけど、町の中で掘り起こしている人なんて誰もいなかったからと言っていた。

 今では、その移転前の墓地跡は、盛り土されて高台になってしまっている。そこには、新興住宅地や大型のショッピンセンターなんかも出来たりして、正確な墓地の跡がどこなのかは、もう分からない。小さな棺に入った二人の遺骨は、もう永遠に地中深く埋もれたままなのだ。
 
 

2007年09月18日

暗室日記

 今夜は暗室をやろうと意気込んだが、暗室をやる前にベッドで横になり、少し休憩したら動くのがおっくうになってしまった。しかし、気を取り直して、1時間の後、バットを並べて暗室作業を開始した。実は、2年くらい前から、子供の写真の良さそうなもの、RCの8×10にまとめようと思いプリントをしている。

 もちろん、それは急務ではないので、一番後回しの作業だったりする。つまり、いつでもいいような、やってもやらなくてもいいような作業だったりもする。(さすがに、やらなくてもいいってことはないか。。)

 まあ、そんなわけで、今夜は8×10を13枚プリントしたけど、何とかものになりそうなものは3枚だけだった。今夜プリントしたネガは全て135からのものだ。つくづく思ったのだが、小さなネガからのプリントって、とても難しい。中判だったら、当たり前のように髪の毛の一本一本まで描写出来るようなシーンでも、そうはいかなかったりする。それに、8×10くらいの大きさでも、やはり粒子は荒れてしまう。

 もしかして、最近、中判がメインになったのは、キレイな画質を得ることが出来るからという理由ではなく、135よりも、中判の方がプリントが楽だからではないのか。135で、キレイなプリントを得るには、かなりのスキルを要求されるような気がする。

2007年09月14日

グアムの写真

ニューマミヤ6 50mm フジ バリグレード 多硫化セレン調色


 結局のところ、グアムで撮影した写真で、作品と呼べそうなものは2枚だけだった。普通に使えそうなものは、他にも何枚かあったけど、そういった写真に労力と印画紙を消費するのは、無駄なような気がする。気に入ったものだけに、多くの時間をかけて、完成度を高めていったほうが、よほどいい。


 キヤノスキャンのLIDE90が届いたので、早速使ってみた。今まで使っていたスキャナよりも、かなりスキャンスピードが速い。こんなことなら、もっと早く買っておけば良かった。
 しかし、品質管理がイマイチなので、ガラスの内側にホコリがくっついていて、スキャン画像にそれが映りこんでしまう。しかし、8×10の印画紙をガラス代に置いた範囲外にあるので、実用上はまったく問題がない。どうしてもホコリが気になったら、スポッティングをするようにして、レタッチするしかない。そんなわけで、試しにレタッチしてみたけど、苦労することもなくホコリを塗りつぶすことが出来た。

 いろいろ機能がありそうなスキャナだけど、カラーモードでスキャンして、シャープネスを原画と同じくらいに調節したら、それで作業は終わりである。余白のトリミングは、もちろん必要だけど。

2007年09月13日

海津の湖畔

20070913.jpg copyright: my friend Nikon D40

 8月の終わりに、琵琶湖へ行ったときに、一緒に行った友人が撮っていた写真です。三脚を肩にかついで、どこを撮ろうか見回しているのは、僕です。それにしても、このリュックは、形がかなり崩れているので、やっぱり大判カメラの運搬には向いていないなあ。

 この辺りの琵琶湖は、とても水質が良いですね。この日も、水浴びしている人がたくさんいました。シーカヤックでも買って、琵琶湖をカヌーツーリングしたら、気持ちいいだろうなあって思いました。いつか折りたたみ式の、カヤックが買えたらなあ。(引き伸ばし機の半額くらいか。)

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 「デジタル暗室」という言葉が嫌いだ。そもそも、デジタル画像の処理に、暗室に入る必要はない。何で「暗室」という言葉をわざわざ使用するのだろう。外国でも、デジタル暗室っていうような言葉あるのかな。
 

 

2007年09月12日

印画紙雑感

 昨日の日記に書いた件だけど、引き続きプリントを試みて、ようやく完成させることが出来た。まあ、それはいいんだけど、今回は、その過程でいろいろな印画紙を使ったので、その事をメモしておこう。全てRCだけど。

*あくまでも僕のプリント条件での感想なので、そこのところ、よろしく。

 
 アグファ

 過去に多用した印画紙の中では、これが一番良かった気がする。ハイライトもスッキリと描写出来ていた。調色特性は抜群だけど、僕にとってはちょっと赤みが強いかな。価格高騰と、いずれ消え行く運命の印画紙なだけに、惜しいけどもう買うことはないでしょう。


 イルフォード

 おそらく、アグファの次に多用した印画紙だと思う。調色しがいのない印画紙で、色調の変化がほとんどない。ハイライトの冴えがオリエンタルやアグファに比べるとイマイチ。しかし、これはおそらく世界のスタンダード印画紙ではないかと思う。

 
 オリエンタル

 意外にも、僕の好みのハイライトになった。かなり好みである。価格が安いのもいい。しかし、調色しても色調が変化しないのと、光沢しかないのが、かなり大きな減点だ。せめて、半光沢紙を製造して欲しいなあと思う。


 フジ

 バリグレードのAMを使っている。全てのメーカーの中で、一番プラスチッキーな感じがする。つまり安っぽい(ような気がする。)。調色後は一番僕好みの色となった。おそらく、この印画紙が僕の今後の主力になると思われる。しかし、印画紙サイズのラインに、何で大全紙がないんだ。バリグレードは、最近になって使い始めた印画紙だけど、しばらくは8×10は、これ以外の銘柄は買わないだろう。

総括

 これからは、やっぱりフジのバリグレードAMだね。それで決まり。フィルムも印画紙も、国内メーカーで自給自足するのさ。そうしておけば、日本に軍事政権が誕生して、鎖国状態になっても大丈夫なのだ。

 問題は、大全紙をどうするかっていうことだけど、涙を飲んで、オリエンタルにしようかなあって思っている。大全紙は、多分調色することはないと思うしね。
 

2007年09月11日

大伸ばし

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 市の美術展の応募締め切りまで一ヶ月を切ったので、大全紙でプリントしてみた。焼き上がりは、グループプリントエクスチェンジの時のプリントを目指したが、結果は散々だった。

 この写真の肝は、

1.投網が白く際立つこと。
2.人物のシルエットが、つぶれないこと。
3.モクモクとした雲を表現すること(ただし、暗い印象にはならないように。)

グループプリントエクスチェンジの時は、アグファのRCを使い調色も施した。今回は、イルフォードのRCを使用し、調色はしない予定だ。アグファよりも、イルフォードの方が、若干やわらかめなのか、スプリットグレードに用いるフィルターの5号の時間の割合を少し多めにしなければならなかった。「1」については、それで解決した。

「2」と「3」は、試し焼きをしたにもかかわらず、本焼きの方が濃くなってしまった。これではだめだ。試し焼きの時、1分半、現像液につけておいたので、それで現像の進行は止まっていると思っていたが、本番プリントを停止液に移す前に、水切りしている間に、現像が進行したようである。こうなったら、だめ押しで、試し焼きのプリントを2分現像液に浸すことにして、露光データの取り直しをしよう。

2007年09月09日

ついにスキャナが、、

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キヤノンEOSキス3 タムロン28-75

 ついに、スキャナが壊れてしまった。今まで、だましだまし使ってきたけど、うんともすんとも言わなくなってしまったのだ。仕方がないので、ビックカメラの通販で注文した。またキヤノスキャンにした。新製品のLIDE90である。壊れたスキャナは、6年くらい使った。何しろ、猛烈にスキャンスピードが遅い。おそらく、今度買うスキャナとは、雲泥の差があるのだろう。

 フィルムスキャンも出来るそこそこのスキャナを買おうかと悩んだりもしたけど、どうせ僕の場合はプリントのスキャンしかしないし、目的はWEB用なので、最低限のものでいいと思っている。

2007年09月04日

大判カメラの運搬

 性懲りもなく、また琵琶湖へ行った。知内浜の駐車場から、大判一式を詰め込んだバックパックを背負い、海津方面へ、ひたすらビーチを歩いた。最初は砂浜で、次第に石が混じりだし、漁港を抜けると、岩がゴロゴロするようになった。帰りは、造り酒屋や、佃煮工場がある海津の宿場町を通った。

 距離的には往復で5キロくらいだった。大判カメラを持ち歩くのに、ショルダーバッグや、アルミケース、バックパックと、いろいろ試してみたけど、やっぱりバックパックが一番適しているような気がする。ただし、僕が使っているバックパックはカメラ用ではないので、ハーネスの作りが重い装備を持ち歩くのに適していないようで、肩や背中に負担がかかる。マミヤCくらいなら、何もカメラ用ではなくっても、普通のバックパックで充分だし、その方が仰々しくなくっていい。

 カメラ用のバックパックって買ったことがないけど、持ち運びが随分楽になるのかな。こればっかりは、買って使ってみないと分からない。

 真夏の、むちゃくちゃ暑くない時期であれば、大判カメラを背負って歩くのは不可能じゃないなあって思った。レリーズや露出計等の小物は、バックパックではなく、ウエストバッグに入れておくのが使いやすい。今後は、このスタイルで撮影に行こう。