2008年10月31日

全部カボチャ

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タチハラ ハンディビュー4521 with トヨ6×9ロールフィルムホルダー フジノンW150mm
アクロス(EI50) シュテックラー氏二浴式 アグファMCP312 パピトール 硫化セレン調色

2008年10月30日

NDフィルター

 風景写真を撮っていていつも思うのだけど、ある程度の長時間露光をした方が、僕の好みの写真が撮れるのだ。しかし、EI50で撮影してオレンジフィルターを装着して、F45くらいに設定しても1秒とかのシャッタースピードになることが多い。アクロスの相反則不軌特性を考慮すると、2分間までの露光時間にしておいた方がいいので、1分間か2分間の露光時間に設定出来ればベストだ。そうなると、NDフィルターが必要なのかなって思う。3絞り分減光出来るやつを買おうかな。

 海外の写真家のサイトを見ていると、雲の状態がとてもいいのだ。何であんなふうに撮れるのだろう。まさか、合成しているとも思えないし。僕が撮影に行くと、雲ひとつない天気だったり、曇りだったりするのになあ。運が悪いのかな。

2008年10月29日

時代を映す昔のくらしと道具展


 羽島市歴史民族資料館・映画資料館で、「時代を映す昔のくらしと道具展」が開催されている。出張先で、偶然チラシを入手して、その展覧会のことを知った。

 リンク先を見てみると、TPNのオフ会で、よく見るカメラばかりである(^_^;)
 
 入場料、300円だし、会期中に一度は見に行こうと思っている。

2008年10月28日

アンセル・アダムスの「The PRINT」再び

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 二年前に読んだけど、再度、図書館で借りて読み直した。これだけボリュームがあると、読み返しても、それなりに得るものはある。

 この前の土曜日も、朝5時頃から琵琶湖へ出かけてきた。高島市の天気予報は、晴れ時々曇りだったので、きれいなウロコ雲が出ることを期待して行ったのだが、良そうに反して、天気は曇りだった。なかなか理想の雲には出会えない。こうなったら、機会を見つけて、何回も行くしかない。チャンスは秋しかないだろうから、かなりの長期戦になると思われる。5年か、あるいは10年くらいかかるかもしれない。まあ、気長にやろう。

 天候には恵まれなかったが、それでも何枚かは撮影し、テストプリントをしてみた。念には念を入れて、同じカットを2枚撮影してきた。昨夜プリントしたものは、コントラストがちょっと不足ぎみだったので、未現像のネガの現像時間を延長して、もう一度現像しなおそうと思う。これが、一枚ずつ管理できるシートフィルムの良いところだ。

 もしかしたら、これで一枚、作品が出来るかもしれないなあ。ブリーチも必要だと思われるので、完成させるま一ヶ月くらいかかるかも。

 

2008年10月22日

ライトボックス

 そんなわけで、前回のエントリーの手法で、スポッティングを行った。

 この作業をする時は、手袋と、濡れタオルが必須である。細かい作業なので、素手でネガを触っていると指紋でベタベタになってしまう。絵の具でのスポッティングに失敗したら、すぐに拭き取れるよう濡れタオルも必要だ。

 極小のスポットを埋めるのに使う道具は、針で良さそうだ。ただし、絵の具の薄め方と、針への付け方には、慣れが必要になりそうだ。

 そして何よりも、この作業はライトボックスの上じゃないと行うのが困難である。僕は、ライトボックスを持っていないので、近々買うことにする。それまでは作業は中断だ。

 絵の具が乾いてしまうと、なかなか取れないが、もしやり直しをしたい場合は、ネガを水洗すれば、OKである。これはいい。


 印画紙へのスポッティングは、100円ショップで買った習字用の硯で墨をすり、それから茶色の絵の具を混ぜて、印画紙の色調に合わせ、アラビアゴムを加えたもので、スポッティングした。乾燥後は、ぱっと見は、自分でもどこをスポッティングしたか分からないくらいの出来栄えになった。今回はRCで試したけど、バライタなら、塗料が乗りやすいので、さらに良い結果が期待できそうだ。

2008年10月21日

スポッティング

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 シートフィルムを現像すると、乳剤が抜け落ちた極小のスポットが現れる。これは、ロールフィルムでは、ほとんど経験したことがない。そのままプリントすると、印画紙には黒いスポットとして現れる。

 スポットが現れる原因としては、現像液中で気泡が付着しているか、フィルムにホコリが付着して、その部分だけ未露光になったか、乳剤に欠陥があるか、といった事であろう。

 気泡の取り除きや、ホコリ対策については、今後も努力を継続するとしても、それでも絶対と言っていいほど、この種のスポットは発生してしまうことは確かだと思われる。そんなわけで、スポットが発生した時の対処法が要となる。

 実は、今までは、この問題については、あまりにも厄介なので、目をつぶっていた。しかし、どうにもこうにも自分の気持ちの中で割り切れないものがあり、対処法を考えてみた。以前にも、フィルムのベース面に鉛筆でレタッチを施したりしたが、どうもうまくいかず、すぐに断念してしまった。

 そこで、次の手法である。シートフィルムをレタッチをすることで、スポットを消すのは、かなり困難な作業であるため、まずは第一段階として、そのスポットを埋めてしまい、印画紙上に、白いスポットが出現させるようにして、その後、印画紙にスポッティングすれば良い。

 で、シートフィルムをレタッチするのに、どの素材を使うかということになるのだが、極小の粘土みたいなものがあると最適である。スポットの部分に一時的に、それを貼り付けて、プリント作業すれば良いからだ。しかし、粘土を極小サイズにしてしまうと、すぐに乾燥してしまい粘度がなくなってしまい、フィルムには付着しないのである。

 次善の策として、絵の具を針の先に付着させ、それをスポットの部分に置くという手法を思いついた。まだ実践していないけど、これならうまくいきそうだ。うまく白抜きのスポットを作る事が出来たら、習字用の墨と絵の具とアラビアゴムを混ぜて、色調を合わせてスポッティングするだけである。

 しかし、何で苦労してるんだろ。ロールフィルムを使えば、こんな事は考えなくってもいいのに。

 

2008年10月20日

イメージサークル

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 大判写真を、始めた頃、アオリ過ぎてイメージサークルから はみ出してしまう事を経験した。アオリがないカメラだと、イメージサークル内のフィルムの位置は固定されているため、そもそも、こういった問題は起こらない。それゆえ、イメージサークルの事なんて、考えもしていなかった。

 4×5インチは、mm表示にすると、概ね、101.6mm×127mm である。
これを、三平方の定理に当てはめて計算すると、4×5の対角線は概ね162mmとなる。
 つまり、162mmよりもイメージサークルが大きくないとケラレた画像になるのである。

 現在、使用している大判用レンズのイメージサークルを調べてみた。

いずれも、F22の場合 数値はイメージサークルの直径


フジノンW105mm  174mm

 あまり余裕はないけど、そもそもレンズボードがフラットなので、蛇腹が縮まった状態なので、あまりアオレないから、問題はない。
 

フジノンW150mm  223mm

 撮影していて、たまにイメージサークルが小さいなあと思うことがある。


ニッコールW 210mm 295mm

 これくらいになると、さすがにイメージサークルに余裕があるため、非常に使いやすい。このレンズ、重いけど、大好きなレンズである。


ニッコールM300mm  325mm

 これも、イメージサークルは余裕がある。8×10でも、カバーしてしまう。でも、コンパクトタイプなので、蛇腹をかなり伸ばして撮影する事が多い。


テレコンゴー500mm  160mm

 かなりカツカツなイメージサークルである。しかし、イメージサークルは絞れば大きくなる。これだけの望遠だとかなり絞り込むので、なぜかアオリ量に不満を感じることはない。元々、アオリが必要な被写体にはこのレンズは、使わないのかもしれない。


 アオリで画像がケラレているかどうかは、ピントグラスの切り欠きの四隅を眺めればそれで済むことなので、これはマメにチェックしようと思う。たまに忘れることあるけど。
 

 

浜辺

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「浜辺」
タチハラハンディビュー4521 with トヨロールフィルムフォルダー(6×9)
フジノンW150mm アクロス(EI50) シュテックラー氏二浴式現像液
アグファMCP312 パピトール 硫化セレン調色
撮影地 琵琶湖

2008年10月19日

白いノブ

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「白いノブ」
タチハラハンディビュー4521 with トヨロールフィルムフォルダー(6×9)
フジノンW150mm アクロス(EI50) シュテックラー氏二浴式現像液
アグファMCP312 パピトール 硫化セレン調色
撮影地 明治村
 


2008年10月18日

あ~。もうっ。

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 今日、長浜へ行く用事があって、出かける前にフィルムを装填しようと思って、開けたら、撮影途中のフィルムが入っていました。おそらく、先月、京都で撮影した写真だと思われます。よく確認してから、開ければ良かった。

 でも、フィルムが入っていたことに気が付かなかったということは、手ごたえのある写真は撮れていないということなので、まあ、よしとしよう。

2008年10月16日

サブカメラは、あった方がいい。

 購入してから今年で15周年を迎えるT2だけど、今でも元気だ。過酷な使用をせず、程よい使用本数のためか、未だに調子もいい。何かと使い辛い部分もあるこのカメラだけど、手放さずに持っているということは、僕にとっては必要なカメラなんだろうな。やっぱり。

 大判カメラで撮影をするとき、使用頻度の高い小物は、バックパックではなく、ウエストバッグに収納している。先日、琵琶湖へ行ったとき、プレストを装填したT2を、ウエストバッグに入れておいた。この日は、大判カメラをメインに使う日だったので、サブはT2以外では考えられない。M6TTLやNewFM2なんかだと、そちらで撮影する方向に意識が傾きすぎてしまう。存在を忘れるくらいのサイズがちょうどいいのだ。

 日が傾きかけた夕刻に、長い影が出ている琵琶湖の風景を撮影しようと、カメラを三脚にセッティングして、ピントと構図を確認し、さあ、撮影しようと思ったら、バス釣りの親子が、すぐ前でキャスティングの練習を始めたのだ。琵琶湖は、バス釣りのメッカで、たくさん釣り人がいる。「琵琶湖で何かやっている人」の中で、一番多いのは、紛れもなく、バス釣りだろうと僕は思っている。

 こんな、広い何も障害物がないような浜辺で釣りをしていても、釣れないだろうにとバス釣りの経験者の僕は思っていたのだが、キャスティングの練習をしているみたいで、一向に動く気配はない。大判カメラだと、レンズが自分の方向に向いていても、あまり気にならないのかもしれない。

 そんなわけで、写真を撮りたいから、別の場所へ言ってくれというエゴを出すわけにもいかないので、ひたすら待つことにした。僕が、琵琶湖の写真を撮るのも、彼らが釣りをするのも同等な行為であり、彼らが僕に譲らなければならない理由はないからだ。

 それでまあ、30分くらい、その状態をキープして待っていたわけだが、何もせずに待っているのもイライラするので、カメラを立てた三脚の周辺で、T2でスナップ撮影を楽しんだ。T2には、フィルターが付けられるようにはなっていないので、レンズの前にオレンジフィルターを無理やり手で持って、露出補正をし、撮影した。果たしてうまく写っているのだろうか。

 そんなわけで、この空虚な時間を埋めるのに、T2は活躍したわけである。自動化されたコンパクトカメラは僕には必需品だ。

 その間に、ろくにルアーを投げられなかった子供が、1匹、釣り上げる事が出来たようだ。僕も、無事に撮影を終えることが出来た。

2008年10月14日

琵琶湖

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 朝5時過ぎに家を出て、琵琶湖へ出かけてきた。いつもと同じコースである。何でいつもと同じところばかりへ行くのかと言えば、撮りたい写真があるんだけど、季節や光の状態や雲の状況等が、望ましい状況には、なかなかならないからだ。今回も、ベストな状況とは言いがたかった。綺麗なウロコ雲が出るのを期待したのに、そんな状況にはならなかった。

 琵琶湖の風景を撮影しようとしたら、水面にプカプカと、ビニール袋が浮かんでいた。かなり目障りだったので、それを回収することにした。靴下を脱いで、ズボンのすそを捲り上げて、徐々に目的のビニールに近づいて行ったが、思ったよりも深かった。両手でズボンを捲り上げて、それを両手で持っていたので、ビニールを回収することが出来ない。(すごいバカだね。)

 仕方がないので、手を離したら、ズボンの裾が落ちていってビショ濡れになった。ビニールは、ルアーなんかもくっついていたりしたが、無事に回収できた。そんなもん、持ち帰りたくないので、浜の隅のほうに置いておいた。

 ズボンがビショ濡れになって、このままだと、靴下まで濡れてしまい、不快な状況でその日を過ごすのは嫌だったので、脱いで乾かすことにした。その間、冠布を腰に巻いておいた。こんな使い道があるとは思いもしなかった。

 せっかくなので、干している状況を大判で撮影しておいた。もしかしたら、案外おもしろい絵が撮れたかも。ただ、周囲の草と似たようなトーンなので、ちょっときついかなって思ったが、階調による主要被写体の分離が出来ないので、絞りを開放にして撮影してみた。

 ズボンを干している間に、すぐ横の湖岸道路を、たくさんの自転車が通っていく。CTU(Counter Tsu-shi Unit)(笑)の情報によると、この日の前日、U氏は、自転車で琵琶湖を一周していたようだ。もし、一日ずれていたら、この情けない姿を、目撃されていたかもしれない。危ないところだった。

 朝、6時頃に琵琶湖に到着して、場所を変えながら夕方4時半くらいまで撮影したけど、撮影枚数は10枚だった。僕の場合、まあ、こんなもんだね。

2008年10月13日

Maide Cafe in Osaka

 先日、友人と大阪の新世界でスマートボールをやった後、串カツを食べて、その後、天王寺から大阪駅まで、ひたすら歩いた。

 日本橋(東京で言えば秋葉原か。)を歩いている時、友人が、メイド喫茶に行きたいと言い出したので、仕方がないなあ、僕はそういうところには、興味ないんだけどねえ。と言いつつも、行くことになった。

 表に、「Maide Cafe」と書いてあったが、僕は、そこが大阪だったし、酔っていたので、「まいどカフェ」かと思ってしまった。閑話休題。

 さてさて、僕は、初めての体験だったので、他の店はどうなのかは分からないけど、意外に、普通の喫茶店だった。普通の喫茶店と違う点は、みなさん、ご存知だと思うが、入店時に、「おかえりなさいませ。」退店時に、「行ってらっしゃいませ。」って言うのことで、まあ、これはメイド喫茶としては、デフォルトであろう。っていうか、僕は、メイド喫茶のイメージはそれしかない。

 僕と友人はカフェオレ(480円)を頼んだのだが、運んでくれたメイドさんが、「お砂糖はどうしますか?」と尋ねるので、友人は、砂糖は入れないので断ったが、僕は、せっかくなので、「1杯入れてください。」と頼んだ。頼むと、一杯入れてくれて、スプーンで混ぜ混ぜしてくれるのだ。それが、嬉しいのかと言われると、困るが、何もサービスを受けない友人よりは、少しは楽しいはずだ。

 サービスは、以上である。他にはない。(僕が知らないだけかも。)

 他に、変わった事と言えば、常連らしい客が何人かいて、買ったばかりの、モデルガンの包みを開けて、それをいじくっている人がいた。家まで待てなかったのだろうか。

 そのメイドカフェの横は、町工場みたいなところで、作業服を着たおじさんが、忙しそうに荷物を運搬していた。隣なのに、まったく違う世界が展開されているところがすごい。都会はおもしろい。

 

2008年10月12日

第5回グループプリントエクスチェンジの写真

タチハラハンディビュー4521 フジノン150mm アクロス バリグレード 硫化セレン調色

2008年10月08日

制作者、鑑賞者

 作品を制作する側にいる人が作品を見るとき、殊に、それが自ら制作したものであれば、技巧的な事柄に、大いに注目しがちである。

 写真で言えば、構図的な完成度、シャドー部のしまり具合、ハイライトの冴え、階調の豊かさ、シャッターチャンスの見事さ、、、、、
 こういった項目を、ついつい、チェックしてしまうのである。

  しかし、制作しない側、つまり鑑賞のみをする人にとっては、こういった技巧的な事柄には、着目しない。なぜなら、制作経験がないので、それらのことには興味は湧きようもない。
 先日、美術館で、彫刻を鑑賞する機会があった。僕は、彫刻には、まるで無縁なので、作家の名前も含めて何の知識もない。ましてや、技巧的な事柄は何一つ知らない。
 つまり、通りすがりの一鑑賞者の立場で鑑賞したわけである。母親が幼児を抱きしめている彫像であったが、親子間の慈愛の感情がとてもよく表現されていた。彫刻について、過去に興味を持ったことは一度もなかったし、これからも自ら制作者の立場に立つことはないだろう。でも、あの作品は、とても心が揺さぶられた。

 さて、写真に話を戻すとしよう。制作者の立場に立って、作品を見てしまうと、その感想が、「感動した」ではなく、「見事だ」というふうになってしまう。僕だけかもしれないけど。
 つまり、鑑賞しているわけではなく、評価してしまっているわけだ。しかし、全ての写真を、そのように見てしまうわけではなく、思わず「感動する」写真もある。

 「感動する」写真を見た時は、技巧についてウンヌンとは、あまり思わない。つまり、技巧的な角度から作品を見てはいないのであろう。しかし、「感想する」要素が(自分にとって)ない写真を見たときは、技巧についてのみ評価するしかない。

 このように書くと、目指すべきは「感動する写真」であり、感性こそ、最優先すべきものであり、最低限の技巧的手腕を手にしていればそれでよいとの誤解を招くことになる。ちまたにあふれている感性優先主義的写真は、ひどいものが多い。「感性で撮りました」と言えば、一応それらしく聞こえてしまうし、それを見るこちら側としては、「ああ。そうですか。」と言うより他になく、僕とは感性が合わないので、この写真は、つまらないなあ。技巧的にも見るべきところは何もないし。。。ってな具合になってしまうのである。

 「感動する」写真というのは、それを見たときは、技巧的な事は脳裏に浮かばないかもしれない。でも、技巧的な角度から、見直してみると、「技巧的にダメダメ」であるといった場合は、ないのではないかと思っている。

 結局のところ、制作者は、評価するだけではなく鑑賞者でも、あらなくてはならない。

 なんか、書いていて、うまく頭の中がまとめられなくなってきた。またいつか、必要があれば考えよう。

 

2008年10月03日

エクスチェンジの写真は、4×5にしよう。

 エクスチェンジのための写真は、9月に行った明治村で撮影した写真にしようと思っている。
そもそも、自分が何とか満足できるレベルの写真は、一年を通して多くても5枚くらいしか作る事が出来ない。他は、全てクズであるため、ネガを保管して、はい。終わり、である。

 そんな感じなので、今から撮影を開始して、写真を作る事は出来ない。もし、今から撮影を開始しなければならないということになったら、焦ってしまって、良い写真を作り上げる事は、僕には出来ないと思う。

 大判カメラを使い始めて、3年くらい経つけど、やっと大判写真で作品を作るレベルまでに、なんとか漕ぎ着けることが出来た。とにかくこの大判写真っていうやつは、ロールフィルムを使用し、アオリのないカメラを操作するという過程とは、さまざまな点で違いがある。シートフィルムの現像も、ロールフィルムの現像とは、かなり勝手が違う。

 そんなわけで、僕が不器用なせいもあるけど、撮影も現像も、トライアンドエラーを繰り返した結果、ふと気が付くと3年も経過していたという次第である。今でも、完璧っていうわけではないけど、それを言ってしまうと、ロールフィルムを使用した撮影も、未だに完璧ではないのだ。

 エクスチェンジ用にプリントしたいネガは、既に決まっているので、あとは、「暗室へGO!」だ。今回は2チーム参加なので、6枚作らないといけないが、印画紙はバリグレード(ペラペラ)にするつもりなので、問題はない。バライタだったら、かなり手間暇かかるけど。

 念のために書いておくけど、手間を惜しむためにRCを使うわけではない。RCで表現可能な場合であるから、わざわざバライタを使わないだけである。
 だいたいからして、バライタでプリントされた作品はRCよりも上、みたいな風潮があるけど(過去に何度も書いたけど)、そんなことはない。バライタを使っていても、だめなものは、ダメなのだ。もちろん、自己満足で使う場合は、それでも可である。

 ただ、エクスチェンジの場合は、写真をもらう立場に立ってみると、いろいろな印画紙を手にする事が出来るので、ありがたいことだと思う。さっき、書いたことと矛盾するけど、バライタでプリントされていたりすると、手間隙かけてくれたんだなって思うのだ。

 おっと、いかんいかん。もっと冷静に、作品は評価しなくてはいけない。作り手が、その写真を作り上げるのに、いくら時間や手間やコストをかけても、そのこと自体は、作品には何の関係もないのだ。

 そんなわけで、近いうちにプリントしようと思う。

<補足>
 僕は、アンチバライタではありません。バライタならではの作品を見るのは、とても好きです。