2007年12月26日

植田正治・上田義彦

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 図書館で、植田正治と上田義彦の写真集を借りた。

 植田正治は、人物と静物の2冊を借りたんだけど、借りる人もあまりいないのか、書庫に眠っているものを、蔵書検索して見つけた。この人って、そう言えば二科の会員だったんだなあって思い出した。以前、僕が二科の先生に教えてもらっていた時に、二科の写真集を買ったことがあったんだけど、そこに植田正治の砂丘(もはや定番)の写真が掲載されていたような記憶がある。砂丘の演出写真があまりにも有名だけど、わざとらしいそういう写真よりも、僕はどちらかいうと、多くは掲載されてはいなかったが、人物のスナップ写真の方が好きだ。

 上田義彦は、ダイジェスト版みたいな 「PHOTOGRAPHS」を借りた。 全ての写真家に言えることだけど、一人の写真家で、好きだと思える写真なんてそう多くはない。でも、そう思える写真こそが、とても貴重な出会いなんだと僕は思っていてる。この写真集の中では、野菜やイスの静物写真がいいなあって思った。この人のことだから、この手の撮影対象には、大判カメラを使用しているのだろうけど、とても甘い描写だ。大判で静物写真を撮るとなると、ガチガチに精密に撮ろうと思ってしまいがちなんだが、そんな撮り方はしていない。
 
 上田義彦って、他には「at home」も見たことがあるけどトーンがとても甘いのだ。眠いんじゃないかと思うくらいだ。写真集って、所詮印刷物だから、実際のプリントをどこまで正確に反映しているのかは疑問だけど、それを加味しても、かなり柔らかいトーンだと思う。印画紙の最大濃度なんて、どこにも出てない。
 でも、これって、上田義彦に限ったことではなくって、ハービー山口の写真もそうなんだよねえ。この柔らかいトーンは、いわゆる一般的な締まりのあるシャドー部、冴えのあるハイライトといった、きれいなプリントには、当てはまらないのだけど、それでも、これはこれでいいなあって思うのだ。

 それに対して、植田正治の写真集は、ガチガチのトーンで印刷されている。結局のところ、心地の良いトーンっていうのは、人それぞれなんだろう。撮影対象によっても、それは違うだろうと思う。上田義彦も、風景や建築物はシャープでコントラストの高い写真もあるし。

 そもそも、常にフルトーナルで表現しなきゃならないということもないんだな。ただ、それが眠い写真しか作れない技量しか持たない場合の、言い訳であってはいけないんだけどね。


2007年10月01日

写真家 Roman Loranc

 Roman Lorancという写真家がいる。作品ページをささっと見たが、いいなあ、この人の写真。特に、HPを飾っている、セルフポートレイトはいい。やっぱり芸術家は、デカダンな雰囲気を醸し出していなければならない(笑)

 僕も、こんな感じで悩みまくっているという感じのセルフポートレイトを撮ってみようかな。場所は、人気の少ない12月の平日の明治村の建物が良さそうだ。でも、大判用のセルフタイマーって、持ってないんだよね。その辺の観光客に、

「押すだけでいいですから。」

って言って、レリーズを預けてみてもいいけどね。しかし、あまり撮影中の姿を人には見られない方がいいな。先日みたいに、酔っ払いに話しかけられたら困るし^_^;

 最近、静物写真もいいかなって思うようになった。でも、撮影するものを自分でセッティングして撮影する静物写真は、どうも苦手だ。元々存在している状態で、良いものを見つけて撮りたいと思う。明治村には、そうしたものがたくさんあったような気がする。でも、明治村だと、そうしたものには、説明のボードが、あったりして、それをいかに避けて撮るかを考えなくっちゃいけない。 

2007年03月29日

Dogwood Blossoms

 アンセルアダムスの、「Dogwood Blossoms」 という作品が僕はとても好きだ。「Dogwood」って、翻訳ソフトを使うと「ハナミズキ」のことらしい。何で英語だと犬の木なんだ???

 でも、ハナミズキならこんな岩の上で咲いているわけはないと思うんだけど、もしかしたら、花を切って岩の上に置いたのかなあ?

 この写真に触発されて、野の花を大判カメラで撮りたいなあって思うようになった。しかし、このアンセルアダムスの写真は、アスペクト比から想像するに、6×9じゃないのかなあ?
 比率が2:3だからと言って、まさかアンセルアダムスが35mmで作品を制作しているとは思えない。

 これから花のシーズンだ。近くの山へ大判カメラを持って、花を撮りに行こうか。

2007年01月09日

at home

 図書館で、上田義彦の「at home」を借りた。ピンボケや被写体ブレ、露光不足。。技巧的に見ていけば、ちょっといまいちなカットが多々ある。古い時代のレンズを使っているせいか、コントラストが低い。僕の好みの描写ではないなあ。

 まあ、それはさておき、技巧的にウンヌンという事は、この場合、どうでも良いような気がする。そういった写真が混じっていることが、僕には好意的に感じられる。そもそも、家族の写真を撮り始めた時から、まさか写真集にしようとは、著者も思ってはいなかったはずだ。もし、最初からそう思って撮影していたのなら、商業主義が見え隠れする、もっといやらしい写真になっていたに違いない。この写真集には、そういった不自然さはないのだ。
 
 ただ、いつでもカメラを手元に置いて生活しているのだろうと思う。確か、図書館に上田義彦の他の写真集もあったので、次回、図書館へ行く際にはぜひ借りてみたい。

2006年11月16日

マミヤC330f修理完了

 やっと、マミヤC330fが、モルト張替えの修理から帰ってきました。これで本格的な運用がやと出来ます。今まで数本撮影しただけですが、レンズの描写も満足がいくものです。

 写真家サイトのリンクページを作成中です。海外には、日本ではあまり知られていないような写真家もたくさんいますね。それらの中から自分にも共感出来るような写真に出会いたいです。

2006年11月13日

アンセルアダムスとブレッソン

 図書館で、アンセルアダムスの「The Print」の日本語翻訳版を借りた。市町合併前の人口が5000人を下回る小さな町の小さな公営図書館に、何でこんな蔵書があるのだろうか?この5000人の中に、暗室関連の本を求めていた人がいたのだろうか?

 それはさておき、まだ途中までしか読んでいないけど、この本はなかなか興味深い。単なるプリント作業の手引書というよりは、アンセルアダムスの作品が出来た裏側を見ることが出来るのである。

「The Negative」 「The Print」 「The Camera」

 このアンセルアダムスの3冊は、英語版では販売されているけど、日本語翻訳版は絶版になっているので、図書館に頼んで買ってもらうというわけにはいかない。安く買える機会があったら、古本で買おうかと思って、アマゾンを見たら、かなり高い値が付いている。もうちょっと、悩んでみよう。


 アンセルアダムスとブレッソンは、同時代に生きた写真家だが、ブレッソンはアンセルアダムスに対して批判的な意見を言っていたみたいだ。

「こんな戦時下において、風景写真なんか撮って!」

等といったふうにである。僕は、この二人はわりと好きな写真家なので、どちらの肩を持つとかってわけではないけど、それは、この二人が置かれた状況に差があるからではないだろうか?ブレッソンは戦場になった、ヨーロッパで、ナチの収容所に入れられ、脱走をしているという過去を持つので、戦場が身近な場所にあったわけだが、アンセルアダムスは、アメリカにいたので、アメリカ本国が戦場になったわけではないし、彼の作風から鑑みても、風景写真を中心を活動していたのだろう。もっとも、アンセルアダムスの撮影対象全てが風景写真であったわけではないのだが。

 ブレッソンは、自分で暗室作業をしていなかった。あくまでも、撮影者であるが、アンセルアダムスは、撮影からプリントまで、一貫して自身の手で制作している。そう言えば、アンセルアダムスのプリントに、サインが入るのは分かるけど、ブレッソンのプリントって自分でやったわけではないのに、ちゃんとブレッソンのサインがあったりするけど、これも、それぞれってことなんだろうなあ。

2006年11月05日

アンセルアダムスとマイケルケンナ

 県立図書館でアンセルアダムスの「クラシックイメージ」とマイケルケンナの「Le Notre's Garden」を借りた。

 アンセルアダムスの「クラシックイメージ」は、実は何度も借りている。やっぱり、アンセルアダムスはすごいなあって思う。何がすごいかって、ふつうにキレイをここまで出来るのは、やっぱりすごい。この本はそんなに高くないので、何回も借りているくらいなら買えばいいんだろうけど、写真集は出来るだけ買わない主義なので買わない。所詮印刷物だっていうのがあるから。でも、一冊くらいはアンセルアダムスの写真集を手元に置いておいてもいいかなあって思ったりもするけど。。

 マイケルケンナも好きなんだけどねえ。これは、フランスの庭園を撮影した写真集。庭園を撮ってもやっぱりMK風味だね。これも、良かった。まさかこんな写真集が置いてあるとは思わなかったので、ラッキーだった。

 県立図書館にはいろいろ写真集が置いてあるけど、アラー○ーはどうも苦手なので手が伸びない。何冊も置いてあるけど。

 もし、神様が(そんなもん信じてないけど)、A・AとM・K、どちらかの才能を授けてやろうって言ったらA・Aの方がいいなあ。かなり迷うけど。

 さっき、蔵書検索したら、市の図書館に、A・Aの「ヨセミテ」と「The Print」(翻訳版)があるのを発見した。「ヨセミテ」は書庫の奥に所蔵されているらしい。今まで開架棚ばかり見ていたので、気が付かなかった。(気付きようがないけど)
 「The Print」(翻訳版)は、分館にあるらしい。ぜひ2冊とも近いうちに借りてみよう。

 

2006年09月15日

ブレッソンの映画

映画「アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶」を、見に行って来た。どう考えても岐阜では客の入りが期待できないような映画をよくも上映するなあと思って見に行ったが、観客は僕も含めて6人もいた。ちなみに、岐阜では2日間だけの上映で、しかもレイトショーのみである。

 僕はとくにHCBの写真が好きというわけではないのだが(もちろん好きな写真も多くあるけど)、写真集も持っているし、京都へ写真展も見に行った事があるし、写真家のドキュメンタリー映画は珍しいので、見に行ったという次第である。

 彼は、暗室作業が嫌いだったみたいで、撮影専門家である。その代わり、腕の良いプリンターがいたみたいだ。ブレッソンのような写真家のプリンターは、さぞかし大変だったであろうと僕は予想する。

 HCBは画家を目指していたせいか、写真は構図がとても大切だと言っていた。構図が完璧であれば、トリミングの必要はないとも言っていた。これは、ものすごく当たり前の事だと思う。しかし、自分の場合は、なかなか完璧に撮影する事は出来ないので、トリミングによって構図を補うわけである。

 ネットに転がっている写真のいったいどれほどが、構図に気を使っているのだろうか。ぱっと構えて、気になったから撮っただけという写真がいかに多いことか。

2006年09月09日

ダイアンアーバスとC330

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C330fが手に入ったので、それにまつわる写真家の本を読んでみようと思いました。ダイアン・アーバスです。この彼女の伝記は絶版になっていて、定価が2500円なのに、古本で3倍くらいの値を付けています。以前から、安くなったら買おうと思ってはいましたが、全然安くならないしこの価格ではとても買う気にはなれない。

 こんな本、図書館にあるはずはないと思っていましたが、ネットで蔵書検索をしたらありました。そんなわけで、読み始めましたがかなり読み応えがありますし、読んでいて楽しい本ではないですねえ。

 米国では、ニコールキッドマンが、ダイアンアーバスを演じた映画が上映されているようです。もしかしたら、日本でも、何らかの本が出版されたりするのかもしれません。

2006年08月07日

アンセル・アダムスとブラッサイ

 図書館で、ブラッサイとアンセルアダムスの写真集を借りました。まずは、ブラッサイですが、構図の取り方は、僕の好みです。他の多くの著名な写真家の写真集も見ましたが、スナップ系の写真集の中では、かなりいい感じだと思います。ブラッサイと言えば、やはりパリの夜の写真ですが、今から70年近く前に、どんなフィルムを使って夜の街を撮影したのだろうと思ってしまいます。この時代に、デルタ3200のようなフィルムが存在したとも思えないですしね。トライXを増感して撮影していたのでしょうか?謎です。

 夜の街の写真ってあまり見たことがなかったんですが、ブラッサイの写真は電灯のような発光体は、白く跳んでしまっています。僕は、どうも印画紙の白が出るのは好きにはなれなかったのですが、周囲より明らかに明るい箇所については、白く跳んでいた方が、自然に見えるのかなって思いました。何でもかんでも階調を無理やり載せていくのは、不自然ですね。でも、白く跳んでいたり黒く潰れていたりする部分があったとしても、それが、写真の多くの面積を占めるような写真は、やっぱり好きではありません。

 アンセルアダムスの写真集の中で、興味深い写真を発見しました。同じネガからプリントしたと推察される2枚の作品が載っていました。一枚は、撮影した翌年にプリントされたもので、もう一枚は撮影してから30年後にプリントされたものです。焼き込みや、覆い焼きの仕方が、まるで違いますね。30年も経過すると、感覚が違ってくるのでしょうか?僕の好みとしては、撮影年から30年後にプリントされたものの方が好きです。

2006年04月30日

「Retrospective Two」

  木曜日は11時まで、金曜日は12時まで仕事だった。体調を崩してしまい、土曜日は昼の3時まで寝ていた。日曜日の今日は、前日の夜の12時に布団に入り、布団から出たのは夕方の6時だった。その間、トイレも行ってないし、水分補給もしていない。この2日間で、何とか体調は整えたので、月曜日は仕事に行けると思う。

 こんな調子なので、暗室がある実家に立ち寄っている時間がなく、現像済みのフィルムが1週間以上、干しっぱなしになっているが、大丈夫だろうか?

 市の図書館から、注文しておいたマイケルケンナの、「Retrospective Two」が入荷したという電話連絡があったので、早速、借りに行ってきた。新年度予算が執行できる時期に入ったので、こういった値の張る写真集でも買ってくれたのだろうと思うが、僕のリクエストに応じてくれた事を感謝している。

 貸し出し期間中、時間があればじっくりと見る事にしよう。

2006年03月10日

増山さん逝く

 今夜はD72を久しぶりに調合した。現像液の自家調合は、メーカーの生産中止により入手不能になることがないのが利点である。僕はこれからもこの伝統的な現像液を愛用し続けるであろう。

 徳山のドキュメンタリー写真の「増山たづ子」さんが亡くなってしまった。61歳から写真をはじめて数万枚の写真を残したらしい。彼女がいなければ、ダムの底に沈む村の記録が、これほど濃密に残される事はなかったであろう。冥福を祈ろう。

2006年02月22日

Y先生

 土曜日に写真を教えてもらったY先生が亡くなり、お葬式に行ってまいりました。Y先生の事は、いつかエッセイのコーナーに書いてみたいと思います。

2005年09月07日

アンセルアダムス

 図書館に、アンセルアダムズの、大きな写真集(A3くらい)の、「アメリカの原風景(American Wilderness)」を借りました。この写真家は、ものすごく基本に忠実というか、奇をてらわない写真を作る人という印象を受けました。さすがに、ゾーンシステムの始祖だけあって、階調幅を目一杯使ってあるプリントは、きれいです。

 大判用レンズは、何とか今週中に手に入れたいと思っています。問題は、ニッコールにするかフジノンにするかが、悩ましいですよね。

 大判写真の情報って、WEB検索してみても、小フォーマットに比較すると極端に少ないですね。個人的に大判用の引き伸ばし機を自宅に持っている人は、かなりな人でしょう。

2005年08月01日

ドアノー

 やっと夏らしくなってきました。

 なかなか新作がアップ出来ないのは、写真を撮ってないからです。気分良く写真を撮れるような自由な時間が確保出来ないので、こればっかりは仕方がありません。写真を撮る時間がなくって、写真と関わる時間を持とうとすると、写真関係の雑誌を読むか機材を楽しむかくらいしかありません。

 ふと思ったのですが、写真をたいして撮らなくって、機材ばかり買っている(気にしている)人の中には、本当は時間さえあれば撮りに出かけたいのだけど、暇があまりにもないため、せめてもの写真関係の楽しみとして、機材に愛情を注いでいる人がいるのではないでしょうか。

 ドアノーの写真集を見てみたいけど、WEB検索しても、あまり情報がないですね。ちょっと諦め気分です。

2005年07月27日

「木村伊兵衛と土門拳」 

 「木村伊兵衛と土門拳」 三島靖著 平凡社

 図書館で本を借りました。硬めの文章で、寝る前に読むと効果的でしょう。しかし、この二人、絵作りが全然違いますね。写真を見ただけで、かなり高い確率で、どちらの作家のものか分かります。僕は、木村伊兵衛の感性で土門拳の精緻さを持った写真を作れたらいいなあって思いました。

 明日は大阪へ行きます。

2005年07月12日

椎名誠

 朝日新聞社 椎名誠 著 「風まかせ写真館」

 図書館で、この本を借りました。椎名誠っていい写真撮りますよね。ただ、この人の場合は写真単独で見ていいなあと思う写真もありますけど、文章と組み合わせて見る方がいいですね。本人も、それを意図していると思います。

 しかし、椎名さんって、一人で写真を撮りに出かけているのでしょうか?有名な作家さんですけど、出かけた街で、被写体になった人が彼だと認識することは、無理なような気がします。そうなると、我々と同じ土俵で写真を撮っているということになりますけど。

 作家なのに、良い写真も撮れるなんて、なんか納得がいかない(笑)

2005年06月09日

写真集

 市の図書館で、「日本カメラ」のバックナンバーを借りる事が出来ます。数年前は、「日本フォトコンテスト」を購読していましたが、3年くらい前から写真雑誌を買うことって、ほとんどなくなりました。その理由は、記事内容がデジタルに偏りつつあることと、参考にしたい写真があまり掲載されていないからです。

 月例コンテストの写真を見ていても、どこがいいのか僕には分からない写真がほとんどです。僕が好きな種類の写真ではありません。自分の心に響くような写真がないんです。正直言って、困ったなあと思った折、おもしろい写真集(文章付き)を図書館で見つけたので、借りました。

片岡義男「東京を撮る」

です。なんてことない散歩写真ですが、僕が意図的に避けていた(撮影対象としなかった)光景がたくさん掲載されています。由緒ある古い街並みとかではなくって、自然に朽ちていった古びた街の一角の写真が多いです。

 この手の写真集は、今まで一度もここに書きませんでしたが、実は一冊持っています。

奈良原一高 「ポケット東京」

超有名な方ですね。タイトルに惹かれて、独身時代に本屋で注文して買いました。こんな勇気のいる買い物は今では出来ません(^^;....
病み上がりの作者が 6×6(二眼かな。)で撮影した東京の光景です。当時の僕には、何がいいのかさっぱり分からなかったのですが、年を取って作者の視点が少し分かったような気がします。もっと年をとればさらに何か見えてくるのかもしれません。

 しかし、この二冊の写真集に収めてある写真一枚一枚は、どのコンテストに出しても落選するような代物ばかりです。

 でも、こんな写真を撮るのも悪くないなあって思いました。

2004年12月09日

名古屋

先日の日記に書いたとおり、我慢出来なくなって、昨日は仕事を早退して、名古屋へ撮影に出かけました。どうせ年が明けてしばらくしたら、残業の日々になるのは目に見えているので、今のうちに休んでおかないといけないし。嫁さんには、残業ということにしてあるので、帰りが少々遅くなっても問題ありません。

 しかし、名古屋へ着いてみてがっかりです。イルミネーションは、昨年と比較するとまったく大した事のないものになってしまっていました。昨年よりも、明らかに予算が削減されているようです。しかし、こういった各地のイルミネーションって、どこが予算を出しているのかな!?

 せっかく仕事を早退までして撮りに行ったのに残念です。一体、名古屋まで何をしにいったんだか。仕方がないので、タワーズ(駅ビル)の三省堂で、以前から探していた、講談社のハービー山口著「女王陛下のロンドン」を買って帰りました。
 実は、今、三冊を同時進行で読んでいます。村上春樹の「ダンスダンスダンス」、これはもう少しで読み終わります。写真の本ではないので、サイト内の「BOOK」には掲載しません。他は、村上春樹=文、稲越功一=写真の「使いみちのない風景」(中公文庫)、この本は先ほど読み終わりました。

 名古屋のイルミネーションが、あまりにも期待はずれだったので、帰りに岐阜駅にも寄りました。少し前に、岐阜でもイルミネーションをやっているような記事をネットで見た記憶があったからです。岐阜駅に到着して、その場所に行ってみると、

だーれもいないんです。

夜の8時ごろだというのに、ほんと、人っこ一人いませんでした。だめな時は、とことんだめだって事ですね。

2004年09月14日

ブレッソンの写真展

 先日の日記で、しばらく日記を休止すると書きましたが少し余裕が出てきましたので再開します。僕はアクセス解析をしていないので(やり方が分らない) 、どなたが読んでくださってるのか分りませんが、休止するって書いたのに、まだしつこく見ている人がいるようですね(笑)
 ありがたいことですm(_ _)m

 土曜日に京都へ行って、ブレッソン展を見たあとに、八坂神社周辺を散歩しました。子連れだとどうしても思うようには動けませんね。習太郎が勝手に歩いて行くので、その方向へ付いて歩くだけでした。 カメラはデジカメとT2を持っていきましたが、使ったのはT2だけでした。なんかやっぱり一緒に使うのは無理がありますね。はっきり行ってデジカメなんかで写真を撮るのは本当におもしろくないです。将来、習太郎に、

「何でカラー写真がないの?」

と問い詰められ、それが原因でグレてしまうと困るので、一応カラーでも撮っておこうという作戦なんですけどね。しかし、こういう消極的な姿勢なので、やっぱりカラー写真の枚数は少ないです。

 フィルムカメラは、写真を撮る過程も楽しむ事が出来ますが、デジカメは、結果が欲しいだけです。過程はまったく楽しめません。それどころが操作するのにイライラします。 多分、フィルムの供給が終わったら、僕は多分、写真はやってないのかもしれないなあと思ったりします。

2004年09月10日

ブレッソン

 明日は、京都現代美術館(何必館)へ、ブレッソン展を見に行って来ます。京都は1月以来、訪れていないので、久しぶりだったりします。 今回は妻子連れなので、フットワークが重いため、写真は撮れません。

 ブレッソンの写真って、実のところどうなんでしょうか?僕は写真集を一冊持っていますが、好きな写真もあればそうでない写真もあります。 世間では、非常に評価が高い写真家なのですが、そのことと自分が好きだということは別問題です。写真集で見た写真のイメージとギャラリーで見る写真のイメージがどう違うか楽しみです。

2004年04月29日

マイケル・ケンナ

マイケル・ケンナという作家の写真を彼のサイトで閲覧しました。海や湖の作品は、水平線近くはあまり焼きこみをしていないようですね。画面の上の空の部分は雲の階調をしっかり出すために焼きこみがしてあるようです。
 
 撮影時にフィルターも使用しているのではないかと思われます。ただ、水面が黒く落ち込んでいるような印象があるので、イエローフィルター等のモノクロ用のコントラストフィルターではなく、PLフィルターなのかなあと思ったりしています。

 それから、この作家は、リズム構図の写真が多いですね。地平線や水平線を画面の中央に配置するといった構図の写真が何枚かあります。スクエアフォーマットでこれをやってしまうと、画面が二分される可能性があるので、僕は意識的にこういった構図は避けていますが、巨匠ともなると、構図に妙なこだわりがおそらくないのでしょうね。

 こういった、写真を撮ろうと思うと、ハッセルブラッドと交換レンズが数本は必要になるのではないでしょうか。あと、スポットメーターと三脚も必要になりそうですね。

2003年09月15日

スタジオデラックス

 昨日の日記に書いたとおり、名古屋へ行ってきました。ネガを店員さんに見せてコマ跳びすることを伝えました。保障期間中なので、無償修理してもらうことにしました。修理後は、その修理箇所についてマミヤが6ヶ月保証してくれるので安心です。しかし、ネガも参考として一緒に出してきたので、その写真はプリント出来ません。まだプリントしてないネガなんです。

 その店で、セコニックの露出計のスタジオデラックス2の価格をちらっと見たら何と、25000円もしています。ヨドバシは19000円だったのに、すごい価格差です。この露出計に関してはヨドバシがかなりお買い得ですね。

 その後、丸善によって、エリオット・アーウィットの「1/125」という最近発売された写真集と枻文庫から発売された、渡部さとる著「旅するカメラ」を買いました。アーウィットの写真集は、今までに見たことがある作品も収録されていますが、なかなか良い写真集です。写真集に投資するのはなかなか有意義なことであると思うのですが、やはり価格が価格なので、そうそう買っていられません。

 昨日、プリントした写真を、先ほど見たら、現像ムラを発見しました。同じネガからプリントしたもの全てにムラが見られたので、ネガ現像したときのムラだと思われます。ブローニーはフィルム面積が大きいのでどうしてもムラになりやすいのですが、ショックです。しかし、とても気に入った写真なので、このサイトにアップしたいと思っています。すごく目立つわではないと思いますから。
 

2003年07月28日

土門 拳

 昨晩、NHKの番組で、「土門 拳」の特集をやっていました。録画しておいたのを、今日見たのですが、なかなか良い番組でした。「土門 挙」の代表的写真集「筑豊の子供たち」は、以前から聞いた事がありましたが、おそらく、無邪気な子供姿を捉えた写真集なんだろうとずっと思っていました。
 しかし、今回の番組を見て、そういった内容ではなく、筑豊の子供たちの生活が、その時代の、炭鉱の町を象徴しているかのような深い意味を持つのだと知りました。考えてみれば、無邪気な子供写真集で、こんなに名前が轟くとは思えません。
 「土門 挙」は、素早くスナップ写真を撮る事が出来るように、レンガを持って素早く上に上げるという訓練をしていたようです。しかし、それをレンガではなく、バネ仕掛けにして常時、腕に装着していれば、「写真家養成ギブス」という品になるなあと思ったのは、僕だけではないはずです。